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東京地方裁判所 昭和21年(ワ)814号 判決 1956年10月23日

原告 武田純輔

被告 華頂博孝

主文

被告は原告に対し金九千九十五円及びこれに対する昭和二十三年二月一日から右完済にいたるまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告が金三千円の担保を供するときは、仮にこれを執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金九千九十五円及びこれに対する昭和十八年十月二十六日から右完済にいたるまで金百円につき一日金四銭の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求める旨申し立て、その請求の原因として、原告はもと東京株式取引所の取引員であつて、丸宏の商号で東京都中央区日本橋兜町一丁目三番地に店舖と設けて東京株式取引所における実物取引の受託を業としていたものであるが、昭和十八年一月初旬被告先代伏見博英から同人所有の株式会社第一銀行旧株式八百株(一株金額五十円全額払込済)の売却の委託をうけ、これを同月七日から同月十一日までの間に東京株式取引所実物市場において合計金九万二千五百九十円でそれぞれ売却し、受譲を完了した。しかるに株式会社第一銀行は同月三十日の株主総会において、資本金五千七百五十万円を金一億円に増資し、右増資による新株式の割当方法を昭和十七年十二月二十七日現在の株主に対しその所有の株式二株につき新株一株の割合を以て割当てる旨の増資決議をした。しかし株式引取界ではその増資決議がなされる以前、既に増資決行を探知して第一銀行株式は「増資含み株」として株価の昂騰を来し、売方買方ともに「増資含み株」として取引されていたばかりでなく、増資決議のなされた以前である昭和十八年一月十六日頃第一銀行より東京株式取引所に対し右増資の内定をあらかじめ通知したので、同取引所は昭和十七年十二月二十七日から昭和十八年一月十六日までに行われた同銀行の株式の売買は新株式付売買として処理する旨の決定をなし、それに基いて昭和十七年十二月二十八日以降すでに受渡を完了した取引については新株式預り証(旧株式の売渡人が割当を受けた新株式を買受人に引渡すことを約した書面)を同取引所受渡係に提出するよう各株式取引員に通知した。ところで右取引所の決定が売買の当事者をも当然拘束するということは商慣習法であり、かりに商慣習法でないとしても、右は事実たる慣習であつて、右株式売却の委託については原告と被告先代との間に東京株式取引所定款、業務規定、受託契約準則及びその他市場慣行に従う約束があり、また当時すでに右旧株式が増資含みのものとして売買されていた事実を被告先代は知つており、被告先代は右事実たる慣習に従う意思を有していたのであるから、被告先代は売主として右決定に拘束され、旧株式八百株に対し割当てらるべき株式会社第一銀行の新株式四百株を買主に対し引渡すべく、受託者である原告に引渡す義務があるものである。しかるに被告先代は新株式四百株の割当を受けたのにこれが引渡しをしなかつたので、原告はやむなく次のように新株式四百株を買受けて、これを被告先代の委託により原告が売つた八百株の買受人に引渡した。

買受日     株数    単価      代金      引渡日

昭和一八年三月二五日 五〇株 三五円八〇銭 一七九〇円〇〇銭 一八、 三、二六

一八、三、二五 一〇〇  三五、二〇  三五二〇、〇〇  一八、 三、二九

一八、三、二九  五〇  三五、二〇  一七六〇、〇〇  一八、 三、三一

一八、三、三〇  五〇  三五、二〇  一七六〇、〇〇  一八、 四、 一

一八、四、 八 一五〇  三五、一〇  五二六一、〇〇  一八、一〇、二五

合計                一万四、〇九五円

そして被告先代は昭和十八年八月二十六日死亡し、同日被告がその家督相続をして右株式引渡の義務を承継したが、株式会社第一銀行は同年四月一日株式会社三井銀行と合併して株式会社帝国銀行と商号を変更し、右第一銀行新株式は爾来帝国銀行第二新株式と呼称されていたところ、終戦後右帝国銀行は金融機関再建整備法によつて株主に対し特別損失を負担せしめることになり、被告は昭和二十三年一月二十七日前記新株式を同銀行に提供し、その後同銀行は株主の損失負担額を株式金額(一株金五十円)と決定し、同年十月三十一日解散し、その結果右帝国銀行第二新株式の時価は全く無価値になり、被告がこれを原告に引渡すことは全く不能になつた。右は被告の責に帰すべきものであるから被告は原告に対し、右引渡義務の履行に代るものとして右新株式の時価である原告の前記他からの買受代金に相当する損害を賠償すべき義務がある。よつて被告に対し右損害金のうち被告先代が支払い、そのため原告が損失を免れた右新株式四百株の第一回払込金五千円を差引いた金九千九十五円と、更に前記原告の買受代金の支出は被告先代に対する立替金にほかならず東京株式取引所においては取引員が委託者のために立替払をした場合の遅延損害金の利率は日歩四銭とするとの慣習があり、被告先代が右慣習に従う意思を有していたことは前記のとおりであるから、右九千九十五円に対する前記買受人に新株式の引渡を完了した日の翌日である昭和十八年十月二十六日から右完済にいたるまで日歩四銭の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告の主張事実のうち、原告がもとその主張のような東京株式取引所の株式取引員であつたこと、被告先代伏見博英が原告主張の日時に原告に対しその主張の株式の売却を委託し、原告が右株式をその主張の各日時にそれぞれその主張のように売却し、受渡しを完了したこと、株式会社第一銀行が原告主張の日時に株主総会において、その主張の内容の増資決議をしたこと、被告先代が新株式四百株の割当を受け第一回払込金として合計金五千円を払込んだこと、被告先代が原告主張の日時に死亡し、被告がその家督相続をしたこと及び新株式が原告主張の経過により無価値になつたことは認めるが、被告先代が東京株式取引所定款、業務規定、受託契約準則及びその他市場慣行に従う合意の下に原告に株式の売却を委託したこと及び右委託当時旧株式が増資含みとして売買されていたことを被告先代が知つていたということは否認する。その他の事実は知らない。かりに東京株式取引所において原告主張の内容の決定がなされたとしても、右決定に売買の当事者が拘束されるという慣習はなく、そのような慣習があるとしても旧株式売買当時は新株式は存在せず、また新株式割当の申込をすると否とは売主の自由であつたのであるから、被告先代に右慣習に従う意思があつたとはいえないと述べた。<立証省略>

理由

原告がもと東京株式取引所の取引員であつて、丸宏の商号で東京都中央区日本橋兜町一丁目三番地に店舖を設け、東京株式取引所における実物取引の受託を業としていたものであること、原告が昭和十八年一月初旬被告先代伏見博英から同人所有の株式会社第一銀行旧株式八百株(一株金額五十円全額払込済)の売却の委託をうけ、これを同月七日から同月十一日までの間に東京株式取引所実物市場において合計金九万二千五百九十円でそれぞれ売却し、売渡しを完了したこと及びその後右第一銀行が同月三十日の株主総会において資本金五千七百五十万円を金一億円に増資し、右増資による新株式の割当方法を昭和十七年十二月二十七日現在の株主に対し二株につき一株の割合とする旨の増資決議をなしたことは当事者間に争がない。そして成立に争のない甲第十四号証、いずれも当裁判所が真正に成立したものと認める甲第八号証、同第十五及び第十六号証の各二並びに証人永見松太郎の証言によれば、右増資の内定の通知が第一銀行から、昭和十八年一月十六日東京株式取引所に来たので、同取引所は翌十七日に昭和十七年十二月二十八日以降昭和十八年一月十六日までの売買については特にいわゆる新株式付売買(正確にいえば新株引受権付売買)として処理し、すでに受渡のすんだものについてはいわゆる新株式預り証(旧株主に割当された新株式引受権を取引相手方に移転することを約した書面)を東京株式取引所受渡係に提出するとの決定をなし、その旨各取引員に通知したことが認められる。

原告は右東京株式取引所の決定は取引員のみならず売買の当事者をも拘束するものであると主張しているからこの点について審究するに、前顕甲第十四号証、同第十五及び第十六号証の各二並びに証人永見松太郎の証言によれば、右のように増資発表前に遡り新株式の割当期日を確定するということは一般には極めて稀な前例のない特異な事例であつたので、株式取引市場関係者間において、諸般の事実を慎重考慮し、殊に取引所における株式の売買取引は配当付又は新株式付等いわゆる権利含み相場を以て行われることを本則としている事実、元来株価はあらゆる事象を敏感に反映するもので昭和十七年十二月末頃から取引市場内に第一銀行の増資の風説をなすものがいた事実、その頃から第一銀行旧株式が他株に比して急激に昂騰した事実等から第一銀行旧株式については昭和十七年十二月二十八日当時から新株引受権含みの相場を以て売買取引せられていたものと認め前記のように処理するのを公正妥当とし、先ず東京株式取引所宅地取引員組合において、その組合委員会の決議を経て前記処理方法を決定し、東京株式取引所においてはこれに基いて理事長が前記処理方法を決定したものであること、そして同取引所受託契約準則第一条には「東京株式取引所各営業部類の取引員がなす売買の受託は特別の契約なき限り取引所定款、業務規定及び本準則の規定により処理す」と規定され、また同取引所業務規定第百条には「業務規定に明文なき事項に付ては本規定の趣旨に従ひ理事長之を決するものとす」と規定されていて、理事長の前記処理方法の決定は右業務規定第百条に基いてなされたものであることが認められる。従つて理事長の右決定は東京株式取引所業務規定を補うものでありまた右決定に到つた前記経緯からみて右決定は増資発表前の旧株式の売主に対し不当の利益を与えないため公平の見地から出たものであり、これにより売主をして特に損失を蒙らしめる虞もなく極めて妥当なものと認められるから、前記受託契約準則第一条にいう特別の契約のない限り、右決定は売主である委託者をも拘束するものであるといわなければならない。そして右決定が委託者をも拘束するということの根拠が右の通りである以上他に特別の事情の認められない限りこれを以て原告主張のように商慣習法であるとか、事実たる慣習であるとか認める必要はない。すなわち東京株式取引所の取引員に株式の売買を委託する者は特別の契約のない限り東京株式取引所定款、業務規定、受託契約準則その他取引市場の慣行に従う旨の合意があるものと推認するのが相当であつて、被告先代が東京株式取引所の取引員である原告に対し旧株式の売却を委託した際特別の契約をしたことを認めるに足りる証拠はないから、被告先代としては前記取引所定款、業務規定、受託契約準則、その他市楊慣行に従う意思があつたものと認めるべきであるからである。

果して、しからば被告先代が第一銀行から新株式四百株の割当を受けたこと及び昭和十八年八月二十六日被告先代の死亡により、被告がその家督相続をしたことは当事者間に争がないから、被告は前記決定による被告先代の義務を承継し、原告に対し右新株式四百株の引受権を移転する義務があるものといわなければならない。しかるに被告先代は原告の屡々の請求にもかかわらず右の移転義務を履行せず自らその割当にかかる新株式四百株を引受け、その第一回株式合計金五千円を払込み、右新株式四百株を取得したことは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。そうすると新株式引受権は新株式そのものと変つたのであるから、右の新株式引受権引渡義務も新株式引渡義務に変つたというべきである。(但し、これにより原告はその第一回払込金の払込を免れた結果その払込金に相当する金員はこれを被告に返還すべきことになる。)ところで株式会社第一銀行が昭和十八年四月一日株式会社三井銀行と合併して商号を株式会社帝国銀行と変更し、右第一銀行新株式は爾来帝国銀行第二新株式と呼称されていたが、終戦後右帝国銀行が金融機関再建整備法により株主に対し特別損失を負担させることになり、被告が昭和二十三年一月二十七日前記新株式四百株を同銀行に提供し、その後同銀行が株主の特別損失負担額を株式全額を(一株金五十円)と決定し同年十月三十一日解散し、その結果右帝国銀行第二新株式は存在しなくなつたことは当事者間に争がないから被告の右株式引渡の義務の履行は全く不能に帰したものというべく、そして右の不能は被告の前記義務の履行遅滞後にかかるものであるから、なお被告の責に帰すべき事由によつて生じたものというべきである。従つて被告は右履行に代るべき損害を原告に賠償する義務のあることは当然である。そこで右損害額について検討するに、前顕甲第十五号証の二、当裁判所が真正に成立したと認める甲第十一号証の一乃至六及び証人永見松太郎の証言によれば、原告は被告先代及び被告の右株式引受権引渡義務不履行のため、自ら昭和十八年三月二十五日五十株を一株金三十五円八十銭、同日百株を一株金三十五円二十銭、同月二十九日五十株を一株金三十五円二十銭、同月三十日五十株を一株金三十五円二十銭同年四月八日百五十株を一株三十五円十銭で(いずれも時価で)、他から第一銀行新株式をそれぞれ買受け、これを同年三月二十六日から同年十月二十五日までの間に旧株式買受人に引渡したことが認められ、従つて右売受代金合計一万四千九十五円は前記新株式引渡義務の履行遅滞当時の新株式四百株の時価相当と認められる。しかし被告が本来原告に引渡すべき義務を負担していたものは、新株式そのものでなく旧株所有者に割当られた新株式引受権であるから、右新株式の代金から引受により払込んだ第一回払込金金五千円(この点は当事者間に争がない)を右新株式取得代金から控除した金九千九十五円が被告の引渡義務不履行により原告が蒙つた損害であるというべきである。原告は右損害は元来委託者のための立替金にほかならないからその支払の遅延損害金の割合は四歩四銭であり、その起算日は原告が旧株式八百株の買受人に新株式を引渡した日の翌日である昭和十八年十月二十六日であると主張するが、以上認定のように右損害金の支払は新株式引渡義務の履行に代るべき填補賠償であり、また原告は商行為をなすを業とする商人であるから、その遅延損害金の利率は特別の約定のない限り商法所定の年六分であり、またその起算日は新株式引渡義務の履行不能となつた日の翌日である昭和二十三年二月一日であるといわなければならないから原告の右主張は採用できない。

よつて原告の本訴請求は、被告に対し前記損金九千九十五円及びこれに対する昭和二十三年二月一日から右完済にいたるまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において理由があり正当であるからこれを認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項をそれぞれ適用して主文のように判決する。

(裁判官 飯山悦治 鉅鹿義明 田宮重男)

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